以前に書いたことがあるように、筆者は浮世絵が大好きだ。なかでも東洲斎写楽はその筆頭と言ってよい。
今月に入ってからNHKで、そんな写楽について3本も特番が放映されたのをご存じだろうか? ちなみに1本はいわゆる総合テレビの「NHKスペシャル」で、そして残りの2本はBSプレミアムでだった。トータル3時間50分、もちろんすべて録画した筆者です(笑)。
さて、写楽といえば必ずついて回る話が「写楽の正体」について。「謎の絵師」とも言われる写楽なので、「正体はいったい誰か?」−−が必ず出てくる。 実を言えば、「NHKスペシャル」、そしてBSプレミアムの1本もそんな話だった。
しかし、筆者も20歳代のころに写楽の正体を研究しており、江戸時代の文献を含めて専門書もたくさん読んだし、実際に論文も書いたけど、実を言えば正体は阿波の能役者である「斎藤十郎兵衛」との見方がいまでは定説なのだ。別人説が入り込む余地はない。
−−こう書くと、「嘘だ」という向きがいそうだが本当だ。
では何故、「斎藤十郎兵衛」と判ったのか。答えは簡単で、浮世絵に関する第一級の資料である『増補 浮世絵類考』にそう書いてあるから。 ただ、長年「斎藤十郎兵衛」の存在記録・生存記録が確認出来なかった結果、多くの「別人説」が入りこんでしまったのだが、近年越谷の寺で過去帳が発見され、存在が確認されたことで「写楽=十郎兵衛」が決定になった。
−−こう書くと、さらに「『増補 浮世絵類考』にそう書いてあるからと言って、正しいかどうか判らない」という方が出てくるかも知れない。「能役者が絵なんか書けるのか」という意見もあろう。 けれど、それは「浮世絵研究の世界をまったく知らない方の発言」と言わざるを得ない。
何故なら、同じ『増補 浮世絵類考』には、たとえば著名絵師・鳥居清長の正体について「関口新助」と書かれているが、これに疑問を抱く専門家はひとりもいないからだ。 つまり、「関口新助」なる人物が絵を描いた証拠があるのかとか、版元との関わりはどうだったのか、とは研究者の誰もが言わない。全員が「清長=新助」説を信じているのだ。
にもかかわらず、同じ基礎資料にある「斎藤十郎兵衛」を写楽の正体とする説だけを疑問に思う、これっておかしくないだろうか?
仮に「斎藤十郎兵衛」説を否定するなら、鳥居清長など『浮世絵類考』に記述された他の絵師の本名もすべて白紙に戻し、いちから考える必要があると思うがいかがか?
一方、それに対してBSプレミアムで放映された1本だけは「写楽の絵」そのものに焦点を当てた、なかなか見ごたえのある番組だった。筆者も知らないことがたくさん出てきたし。
もう写楽の正体なんてどうでもいいでしょ・・・。純粋に、写楽の絵の素晴らしさを楽しんで欲しいと思う筆者なのでした。
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